メキシコ旅行記更新中。
忘れないうちに書き留めておきたいことを思い出しながら。
メキシコ旅行記 −テンプロ・マヨール−

国立宮殿とカテドラルのさらに奥、メキシコシティーに隣接するのがこのテンプロ・マヨールです。写真だけだと何かよくわかりませんが、アステカ遺跡でおそらく最大の大きさを誇る神殿跡だとのこと…!
ええーっ!と思ったものの、遺構はこれだけなのでちょっとがっかり。
スペイン人たちがメキシコに侵入して街を築く場合、おおかたの良い立地はメキシコ人たちが押さえているわけです。なので、
1.土地を奪う
2.メキシコ人たちの神殿やらピラミッドを壊して、この石を材料に自分たちの街を作る
という手順を踏みます。あああああああ。
スペイン植民地時代の歴史的建造物、は多くがマヤ・アステカの遺跡を土台として建っており、その壁もまたマヤ・アステカの遺跡だったものという複雑なことに。スペイン植民地時代の歴史的建造物そのものが世界遺産指定されていたりもするので、マヤ・アステカ遺跡は調査も発掘も出来ないとかいう話をきくと勿体無いなーと思いますね。
また、メキシコシティーはかつて湖だったことから、地盤沈下が激しい場所とのことで、建物全てが微妙に傾いて居たりします。

うーむ。
メキシコ旅行記 −国立宮殿内部−

軽くボディーチェックを受けて国立宮殿内部へと侵入。
警備に当たってたの軍人さんだよね?
自動小銃っぽいの持ってたし。
この画はスペインから独立を果たした後、国民に手っ取り早く歴史を教えるために描かれた壁画とのこと。

穏やかで幸せそうですが、生贄の儀式なんかも盛んだった時代ですよね。

スペイン人のコンキスタドールによる征服の様子…まさにAoEそのもの。

近代に入っても、残酷な画なのは気のせいじゃないよね。でも100年前って世界各国どこも残酷っちゃあ残酷なんだよな。

軍隊の人っぽいお兄さんが目を光らせていました。
メキシコ旅行記 −ソカロ、国立宮殿−

メキシコシティーの中心にあるソカロ(広場)。ここ、なんと赤の広場、天安門広場についで世界で3番目に広い広場だそうです。西洋の伝統を受け継いでいるのか、街の中心には必ずこのソカロがあります。
真ん中に立つ国旗は幅11mあるとのこと。なので滅多になびかないとか。

ソカロの正面に建つ国立宮殿。大統領の演説とかここからやるらしいんだぜ!?
あああかっこいいなもう!

ソカロの脇には大聖堂が。見所密集しすぎw
このソカロの前に降り立った時、スペイン統治時代の建物と圧倒的な空間の組み合わせに名状しがたい感情を刺激されて、凄いねえって妻と馬鹿みたいに溜め息ついてました。
メキシコ旅行記 −車窓から−

この街おかしい。旧跡やら銅像、面白オブジェが街中にごろごろ落ちている…。

メキシコはスペインの植民地から独立したという歴史を持っているのですが、その頃に建てられたコロニアル様式(中南米では「コロニアルなもの」と言うときには、「伝統があるもの」「古く良いもの」といった良い印象であるときが多い。Wikipediaより)の建造物が結構残っているようです。

そんな中でも婦警さんは交通整理をしていました。スペイン語の看板とか新聞売りのスタンドとかかっこいいな! 読めないけどな!

ペガサスに乗った人。エントランスを守るように2体配置されていました。ダンジョンならトラップか奇襲を警戒するところです。

有名な場所のようです。
レストラン・サンボーンズの本店は別名「タイルの家」と呼ばれ、メキシコ市の中心部ソカロの近くにある。その名の示すとおり建物一面がタイルで覆われている。「ラテンアメリカで最も美しい建物の一つ」と言われる、この建物がタイル貼りの現在の姿になったのは、1700年代初期であるから、もう、300年近く、風雨に耐え、無数の人々の往来、交通に耐えてきたことになる。 外観の優雅さも、さることながら、建物の内部は訪れる人々をバロック美の世界に誘い込む。
タイルの家の物語

実を言うと「都市の観光」ってあんまり期待していなかったんです。どこ言っても同じなんだろうなって思ってて。でも、行く先々でごっつい建物やら銅像やらに圧倒されまくりでした。だって永田町と兜町と浜松町を観光とかって言われても「ふーん」と思うじゃん!

こんなのがあちらこちらにあると思わないでしょ普通。

角を曲がるたびに、先に進むたび魅了される街です。バスの車窓がこんなにも楽しいなんて!
